ミセイリノ

〜ひとつひとつ、ミセイリノものを整理して〜

ダイソーで一目惚れした素敵なノート

こんにちは、リノです。

 

ダイソーに行ってきました💨

 

目的は、娘のリカちゃん人形が着れる着物を探しに来たのだけど…

 

ウロウロしてたらこんなもの見つけました♪

 

 

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「じぶんノート」と「おかねノート」

 

 

もしもの時に自分のことを相手に伝えるためのノートだそうです。

 

 

今のご時世、いつ、何が起きるか分かりませんからね。

 

 

もしも、の時にももちろん役に立ちそうですが、今の私には、思考の行動の整理やお金の管理にぴったり。早速使いたいと思います。

 

ちなみに、他にも色々種類がありました☺︎

 

良い出会いに感謝です♪

 

 

しかし、肝心なリカちゃんが着れる着物は売っておらず、ドレスだけ買いました。

 

娘ちゃん、ごめんね💦

マイナスの感情を書き出してみた結果

こんばんは、リノです。


子ども達が寝静まり、1人の時間が出来ました☺︎


一緒に寝落ちしてしまうことが殆どで、それはそれでたっぷり睡眠がとれて良いのですが、こうやって静かに自分と向き合える時間があるのもとても良い気分♪



そこで今回は「書き出す」ということをしてみました。


夜なので、ちょっと暗いですが、


「マイナスの感情を書き出す」という作業です。

書き出す時間は20分くらいがおすすめらしいので約20分、あまり考えずに気持ちのまま書きました。


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こんな感じにただの白い紙に書いて…


出てきた感情、

49個!


けっこう書き出せたんじゃないかと思います。


この49個の感情、よーく見て自分なりにカテゴリー分けしてみたんですが、面白いことにだいたい4つの感情に分かれていました!


①体調•身体的部分からくる感情• • • 12個
(頭痛がある、眠気がくるとイライラする、等)

②欲求的感情• • •12個
(1人の時間が欲しい、お金が欲しい、等)

③外見的部分からくる感情• • •7個
(足が痩せたい、童顔が嫌、等)

④内面的部分からくる感情• • •18個
(自分の意見がない、心配性、等)



※感情に適当に名前つけてます。



こうしてみると、内面的な部分に悩みや負の感情が多いんだなーという感じ。


ようは自分の内面に自信がないってことですね☺︎



この「書き出す」は1回きりで終わるんではなく、数日経ってまた書き出し、さらに数日経ってまた書き出し…と繰り返すと、自分自身に変化が見られるらしいです😊


また数日後、やってみたら報告します。

孫に何もしてくれない母の心理

こんにちは、リノです。


今回は母の本当の心理について考えてみました。


私にとっては、少し苛立たしい話なのですが、母は私が実家を出て結婚、出産をしてから、あまり会ってくれなくなりました。可愛いであろう孫たちにも会おうとしません。


その背景には、もしかしたら祖母が関係しているのかも、と思い過去のことを思い出してみたのでここに書いていきます。

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長男を出産してまもなく祖母が亡くなり、その後、後を追うように実家で飼っていた犬のモモも亡くなりました。



祖母のことも、モモのことも、「大往生だった」と母は言います。
祖母が亡くなる前の10年程、母な介護に仕事、ととても大変な日々を送っていました。

祖母は足が悪く、車椅子での生活をしていましたが、頭はしっかりしていたので、介護をしてもらっている母に対して、要求ばかりしていました。



「トイレに行きたい」

「顔を洗いたい」

「新聞が読みたい」

「散歩に行きたい」

「お茶が飲みたい」


生きていく上で、ごく普通の要求ではありますが、こういった要求を全て受け入れ、足の悪い祖母を抱えてやっている姿は本当にすごいと思いました。


(私にはできない。)


(何か手伝いたくても、やり方も声の掛け方も分からない。)


ずっとそう思っていました。



母には、自由な時間はほとんどありませんでした。



話は祖母が亡くなった後に戻りますが、祖母も、犬のモモもいなくなって、自由を手に入れた母。


私はもちろん、今度は私達兄妹や孫のことを気にかけてけれたり、会いに来てくれたり、一緒にご飯を食べたり、そんな風になってくれるんじゃないかと、期待していたんです。



小さい頃からずっと母に甘えることが出来なかった私。

やっと、育児の相談、夫婦の相談、人生の相談、いっぱいいっぱい、母はきっと私の話を聞いてくれるだろう、と本当にこの時は思っていたんです。



でも母は違った。


自由な時間が増えても、母から電話をくれたり、会いに来てくれたり、というのは一切なかったのです。



いつも連絡をとるのは私からで、電話やLINEで何度か助けを求めたことありました。



「育児が辛い。どうしたらいいの。」


「旦那と喧嘩した。しばらく実家に帰っていい?」


その度に返ってくる言葉は決まってこうなのです。


「大丈夫。あんたの辛いのなんてどうってことないよ。」



そうして私は自分の辛さや大変さを分かってくれない母に対してだんだんと苛立ちを覚えてきました。


孫を連れて遊びに行った時も、


「こっちに来る時間やお金があるなら、向こうのご両親(旦那の両親)に良うしてやりーや。」

と、よく言います。




私は、

(ああ、結局お母さんは、私や子ども達に興味がないんだ。一緒に成長する姿を喜んだりしてくれないんだ。)

そう思いました。


母は今70に近い歳なのですが、65歳を超えたあたりからよく言う言葉があります。



「お母さんがボケたら、絶対施設に入れてね。」


「頼むから、アンタ達はお母さんの老後の面倒を見ないでね。」


それから、

「何もしてやれんでごめんね。」



この言葉を聞くようになってようやく母の心理が分かってきました。


「お母さんの面倒見なくていいから、もうお母さんに良くしてくれなくていいよ。リノはリノで、頑張りなさいね。」

という意味なんだな、と今ではそう思えるようになりました。



母は本当に祖母の介護が辛かったと言います。


その辛さを自分の子ども達には味わって欲しくないという思いで、将来子ども達に甘えないよう身をひき、実際に施設に預ける時に子ども達が躊躇しないよう、わざと離れてくれたんだと、なんとなくそんな気がして。


確かめてはいませんが。



施設に預けるその時はどうなるか分かりませんし、経済的な事情も出てくるだろうし、介護度がどうとか、家族が勝手に「はい施設〜」て出来るものでもなさそうですが。



母がもし、そんな将来を予想して、私達から遠ざかろうとしているのなら、さすがは母、という感じです。

メンタルノイズを知って驚いた自分のあるクセ

こんばんは、リノです。

ブログを始めるようになって、自分自身のことをもっと深く知ろうと思い、色々と調べるうちにこの言葉に出会いました。



「メンタルノイズ」



最初は「何?」って思ったのですが、このメンタルノイズについて調べれば調べれるほど、うん、うん、と頷ける…


メンタルノイズとは言い換えれば

「心のノイズ」

いわゆる「心のクセ」だそう。


この「心のクセ」は人によってそれぞれで、色んな種類があるのですが、


私が一番自分にコレだ、と思ったのが、


「何かを達成することを本当は拒んでいる」


というノイズ。



え、そんなことある?

と思われそうですが、考えてみると私は昔から出来ないフリをすることが多く、やれば出来るであろうことも「私にはむりむりー出来ませんー」と言って成功のチャンスを逃していることがたくさんあったと思います。


他の例えでいうと、資格を取りたくて勉強したい、もっと仕事をして会社に認められたい、頑張りたい、と思っても、恋人や友達、家族の時間がなくなり、私が他の何かに夢中になっていると嫌われるんでは?と思ってしまい、やりたいことに集中出来ない、ということもあります。


これも、メンタルノイズ=「心のクセ」なんだなと思いました。



例えが分かりにくければすみません。


そして、このノイズを持っている人に共通して言えるあるクセがあるのだそう…

とてもびっくりしたのですが、それは



「コップやペットボトルの飲み物を少し残す」


だそう。



私このクセあるんです。なんで残してしまうのか分からず本当に無意識なんですが、実は父もそうだから、遺伝かなぁとかあまり気にしてなかったのですが、これを見てびっくり。


何かを達成するのを拒んでるクセなんだ💦



それを知ってから、最後気合い入れて全部飲むようにしています。←ノイズを矯正する効果もあるそう。



うん、けっこう頑張らないと飲めないけど、すっきり達成した気になります🤗



ちなみに…この「飲み物残すクセ」で調べると他に色々と面白い心理が出てきます。



同じクセを持つ人はたくさんいるんですね。


今回は1つのメンタルノイズの紹介しか出来ませんでしたが、他にも「あぁ、分かる…」というノイズたくさんありましたので、またご紹介したいと思います。


ありがとうございました。

私を我慢強くした母の言葉

はじめまして、丸井リノです。今日からブログを始めます☺︎
このブログは私自身が自分と向き合うために書いていくつもりですが。

少し暗い部分もあると思いますが、ゆっくり、しっかり書き出して明るい未来へ迎えるように頑張りたいと思います♪


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これは私が中学1年生頃の話。


「この子が学校行かないのはアンタのせいだ」


「アンタがしっかりしてないから、この子もだらしがなくなるんだ」


ある日の夕食時、祖母が母に言った。


「この子」というのは兄のことである。



私の記憶では、兄は小学生の頃からろくに学校へ行っておらず、中学、高校も行っていない。

中学校は義務教育、ということもあり、担任の先生が家まで中間や期末のテストを持ってきて、それを先生の横で問題を解いて提出し、それでなんとか卒業していた。


高校は、入学はしたものの、全く通わないため退学していたと思う。



当時の私は、祖母が母や兄を悪く言うことがとても嫌で、家族揃って食べなくてはいけない夕食の時間が辛くて仕方がなかった。


「家族揃って」と書きましたが、兄は祖母を避けていたので自分の部屋でご飯を食べていました。


いわるゆ「ひきこもり」状態でした。



姉もいたのですが、彼女は自由奔放な人で、家にいるのは嫌だとよく言っていて、友達や彼氏の家に入り浸り、あまり家にいませんでした。


ですから、この時期のほとんどの日が、祖母、祖父、母、父、私の4人で夕食を食べていました。



冒頭に戻りますが、祖母はよく母に対してキツい言葉を発していました。


「アンタのせいだ」

「だらしがない」

「情けない」



そして父も一緒になって母を罵倒します。



「無理矢理学校に行かせたらええやん」

「おまえの育て方が間違ってるんちゃうんか」



この時母は、いつもひと言


「すみません」


とだけ言い、あとで1人になった時に泣いていたのを覚えています。


そして母は私によく言っていたことがあります。

「リノ(私)は本当にしっかりして良い子だね。母さん、リノのことは心配しなくていいね。ありがとうね。」


私は子どもながらにこう思ったのを覚えてます。

(私は何があってもお兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに、お母さんには心配かけるようなことはしない。私だけは、ちゃんとしないと。)




それは今でも心に深く根付いていて、私をとても我慢強くしてくれた。


おかげで私は、困っていても、助けて欲しくても、誰かに(特に家族や母には)甘えることが出来ず、今SOSのピークを迎えています。


お見苦しいことがあると思いますが、こちらで感情を吐き出し、少しずつ心の整理させて頂きたく思います。



ありがとうございました。